越後新発田城

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溝口家10万石の城下、新発田。

本丸は本来、西端に三階櫓があって、天守相当の城の最も重要な建物であったが、現在は本丸南端角に、本来、鉄砲櫓があった場所に、二の丸にあった隅櫓を移築してある。

本丸はほとんどのスペースが自衛隊の駐屯地となっていまして、現状、城跡のスペースは薄っぺらい部分だけ。


本丸鉄砲櫓の位置に移築された二の丸隅櫓が、今では新発田城のシンボル。

表門二階内部

本丸表門は旧位置にそのまま残る 二階部分を持つ櫓門

表門正面
橋は本来、木橋で、切って落とせるようになっていたという

二代溝口宣勝公の像

道路の向いには、溝口宣勝公像よりも巨大な堀部安兵衛の像

表門内側から

新発田城からちょっと離れたところには、堀部安兵衛生誕の地の碑が

隅櫓、一階内部

下屋敷として使われた清水谷御殿の脇に残る足軽長屋

隅櫓、二階内部

清水谷御殿

隅櫓二階窓から、堀越しに二の丸を臨む

庭園から見た清水谷御殿の建物

本丸のほとんどを占める自衛隊駐屯地を覗き込む

明かり障子には、溝口菱がおしゃれにアレンジされています

手前が表門、奥が隅櫓、左は堀で、右の塀が自衛隊との境界で、城址としての公開スペースはこの幅しかありません。

欄間の障子も溝口菱をベースにしたデザイン

表門の二階内部


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