下総生実藩陣屋跡

All Photo By Ken究所長

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下総生実(おゆみ)は戦国期には、小弓御所のあったところだが、その小弓古城に隣接する形で、江戸時代の森川家の生実藩陣屋はあった。

現在、旧陣屋の遺構は東端の空堀に辛うじて面影を残す。

屋敷地はスッカリ住宅地になり、何となく、平に整地された区画が、陣屋跡っぽい雰囲気を感じさせないこともない。

陣屋跡から西、旧小弓城跡の麓には、森川家の菩提寺で藩祖森川重俊を弔った、その名も森川山重俊院があり、森川家歴代の立派な墓所が残る。

また、陣屋跡地に空堀を挟んで隣接する生実神社も森川家によって整備された神社だが、生実神社の敷地は残り、境内には絵図や説明板もある。

また、旧陣屋跡に立っていた「森川氏城跡」の石碑は、陣屋跡が宅地化されるに至って、重俊院門前に移設されたが、本来の場所が違うという配慮からか、後ろ向きに立っている(最初の写真)



「森川氏城跡」の碑。
重俊院の門前に後ろ向きに立っているが、壁との隙間が30cmくらいしかなく、撮影至難。
 

森川家廟所の説明文

歴代いずれも立派なお墓が残っています。

中央がその石碑。
完全に後ろ向きに立っている。

四位侍従森川重俊、累代廟の碑

空堀。唯一の遺構か。手前が生実神社で、堀の向こうが陣屋跡。

個人的にはお墓の写真を撮るのは、あまり好きでないのですが、判祖森川重俊公の墓

ここらあたりが陣屋敷地か。奥の林が上記の空堀。

すっかり住宅地。

歴代の墓石が粛然とならぶ。

陣屋の大手にあたると思われる場所は、こんな感じ(泣)

本来、最初の写真の石碑もここに立っているべきものか・・・。

右が藩祖森川重俊公、その左に二代森川重政公の墓石。

隣接地には、中世の小弓御所の外堀。

奥の林が小弓御所跡。

陣屋跡の東に隣接して生実神社がある。

その小弓御所跡に隣接して、森川家菩提寺である森川山重俊院は残る。

生実神社の説明文。

重俊院の説明文

生実神社境内には、付近の古地図を埋めた案内柱もあり。

重俊院本堂は昭和に入ってから火災焼失再建されてますが、山門は江戸時代のものです。

陣屋の絵図。
解像度低くて申し訳ありません。右中央の赤斜線の四角が遺構の空堀部分。

再建の本堂。    


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