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美作津山新田領より 1万石 | |
美作津山藩の森家宗家が改易となるにともなって、美作の内に1万石の新田領を分知されていた森長俊も失領し、領地を播磨に移され、三日月に陣屋を構えて立藩する。
森家の宗家は、森長継のあと、長武、長成と次々と早世し、次ぎの象利(あつとし)も発狂したため除封となる。しかし、この時、四代前の森長継が87歳で存命であったため再出仕、備中西江原に新知名跡2万石を許され、八男の長直が継いで、播磨赤穂に移り、赤穂藩の森家として存続する。
| 美作津山藩主森長継の五男 | |||
| 森長俊の長男 | |||
| 森長記の五男 | |||
| 森俊春の長男 | |||
| 安芸広島藩主浅野重晟の二男 | |||
| 一門である備中新見藩主関長誠の二男 | |||
| 播磨赤穂藩主森忠賛の五男 | |||
| 六代森長義の長男 | |||
| 森長国の二男 |