3万石→1万石 | |
新庄直頼は関ヶ原西軍となって、摂津高槻の領地を没収されていたが、のち許されて常陸麻生に3万石を賜る。
3代新庄直好は甥の直時を世嗣としていたが、62歳になって実子直矩が生まれる。ために直時がいったん後を嗣ぎ、直矩の成長を待って家督を譲った。ところが15歳で藩主となった直矩が17歳で急逝してしまい、新庄家は無嗣絶家の危機に立つ。
別家を許され3千石の旗本となっていた前藩主直時に、その旗本領に7千石を加え、再勤が認められ、麻生藩は1万石ながら存続が認められる。
関ヶ原西軍の外様大名ながら、関東の地に一家支配を全したユニークな大名家である。
直はつの「はつ」第二水準はもとより、漢和辞典にも出てない字で偏に×を2つ書いて、旁が頁です。
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