「今月の名曲」2001年2月

江 文也
Ko Bun-ya
Jiang Ewn-Ye
(1910〜1983)
臺灣(台湾)舞曲
Formosan Dance
かねがね、江 分也を紹介したいと思っていたのですが、どの曲にすべきか、
決定力不足で、逡巡していました。
代表作とは言えないかも知れませんが、若書きで出世作の「台湾舞曲」を
江 文也は、その作品が優れているというばかりでなく、
我々日本人が、決してその名を忘れてはいけない作曲家です。
江文也は、台湾が生んだ台湾を代表する作曲家ですが、彼が生まれたとき、台湾すでに日本領でした。
生地の小学校でも日本語を習い、当然のように上級学校は日本内地へ進みます。
長野県上田中学校卒、東京高等工業学校電気科に進学。
山田耕筰に作曲を師事し、音楽コンクールで続々と賞を得ます。
江 文也は「日本の作曲家」として、活動を始めるのです。
この台湾舞曲も、1934年という時節を反映した、「大」日本の国威発揚音楽でもあるわけですが。
1938年には、多分に国策的背景を背負わされつつ、大陸に渡り、日本の影響下にあった北京の
北京師範大学音楽系教授として、作曲と声楽を教えます。
「大東亜民族行進曲」などというものまで書いてしまい、戦後は「漢奸」として、投獄されます。
1947年に北京中央音楽院教授、50年からは天津中央音楽院教授、となります。
共産中国に無事に作曲活動に専念できるか、と思うのも束の間、
1957年、文化大革命の嵐の中、かつて日本に留学し、日本に協力した罪を再び問われ、
(彼が生まれた時、彼の生まれた場所は「日本」だったわけですが・・・)
あらゆる地位権利を剥奪、66年には、例の「下放労働」に送られます。
1978年にやっと名誉回復、作曲活動を再開しますが、その時には
既に病魔が、彼の創作力を蝕みつつありました。
ほぼわかるので、ライナーをそのまま引用しますが、
江文也、民國1年(1910)誕生於淡水、是台湾当代最才華洋溢的作曲家。
他在二十余歳時、作品便多次栄獲、日本、徳國(ドイツ)、義多利(イタリア)的國際音楽作曲大奨。
「臺灣舞曲」完成於民國23年、江文也24歳時、此曲於1936年獲、柏林(ベルリン)第11回奥林匹克
(例のヒトラーのオリンピックですな。)音樂比賽創作、銀牌奨。使其、躍登、國際樂壇。
台湾のSunriseレコードから出ていますが、演奏は、
日本NHK交響樂團、日本江戸川総合文化中心録製。
演奏はぶっつけ本番ではないか、というN響の名に多い恥じる演奏ですが、仕方ない。
視聴
部分
参考CD
台湾 Sunrise Record 8503
指揮:陳秋盛 日本NHK交響樂團
1984年於日本江戸川総合文化中心
「今月の名曲」以前の名曲
2001年1月はお休み